撮影では、被写体の方と必ずコミュニケーションをとるようにしています。短時間に、いろんな話をしたりして、そちらの方が撮影より印象に残っていることもあります。インタビュアーには話さなかったことを、私に話してくれたりして、それが記事になったこともあります。ですから、撮った写真には、たくさん思い出が詰まっています。一期一会とコミュニケーションそれが人物撮影の魅力だと思っています。
アレクサンドル・ズアリ(Alexandre Zouari)さん(↑Top)

ズアリさんは、パリにサロンを構えるヨーロッパのセレブリティ御用達のヘア・アーティストです。
このカットは、資生堂の招きで来日したときに、マリクレールの依頼で撮影しました。場所は資生堂銀座本社の一室。ライティングに不安を感じて、照明機材を用意して撮影に臨みましたが、その場の光が美しかったので、そのまま自然光で撮影しました。
ズアリ氏は、「この光で大丈夫か?」と不安だったのですが、「大丈夫!」と言って5分ほどで撮影を済ませました。
後日、彼のマネージャーさんから連絡があり、ズアリさんが掲載されたこの写真をことのほかお気に入りで、プレス用に使用したいとのこと。こちらも光栄至極。即OK!。思い出深い一枚となりました。
このポーズは、もちろん彼の演出。こんな奇抜なポーズでも絵になってしまう。まさに、独特のオーラを発する美男子でした。
雪村いずみさん(↑Top)

もう説明の必要もない、日本を代表する大スター。
事前の打ち合わせで、「スタジオでの撮影は黒でお願いします。できれば黒のタートルネックで。」と依頼しました。
表情に見る人の視線を集中させたかったからです。下手にこちらから話しかけて私の主観の入る写真にするよりは、自然な表情を収めたかったので、インタビュアーさんと話をしているところを撮りました。
それで正解だったと思っています。服が黒でなかったら、ただのインタビュー写真になっていたと思います。
さすが大スター。マイクロバス一台貸し切って、大勢の取り巻きの方が撮影見学に見えました。講談社ソフィアの仕事です。この頃は、モノクロの撮影は全て自分で現像、プリントしていました。
ヴィルジニー・ルドワイアン(Virgine Ledoyen)さん(↑Top)

今では、押しも押されぬフランスを代表する大女優です。
しかし、この頃(2000年頃)は、まだ駆け出しでした。わがままで有名だったらしく、撮影当日も、「撮影は嫌だ、キャンセルだ、今から渋谷に遊びに行く!」とだだをこねていたようです。
私が待機している部屋にやってきたので、彼女の目を見て、「せっかく来たから撮らせてください。お願いだから!」と頼むと、それまでの不機嫌な様子が、がらりと変わり、にっこりとして上機嫌で撮影に応じてくれました。
昔から、私には、わがままな人をなだめる才能があるようで、それを知ってか知らずか、どういうわけか、その後も、わがままな被写体の撮影が続きました。
サッカーの話をしながらの撮影になりましたが、撮影中は素直で可愛い女の子でした。とても彼女らしいカットだと思っています。
クリスティ・ターリントン(Christy Turlington)さん(↑Top)

元祖スーパーモデル。スーパーモデルの代名詞的存在のカリスマです。彼女はヨガのエキスパートでもあり、このカットは、彼女がプロデュースしたヨガのコスチュームのキャンペーンで来日したときに撮影しました。
私もヨガをやるので、彼女と話題の接点を見つけるのは簡単でした。案の定うちとけてくれて撮影の臨んでくれました。ファッションフォトの巨匠ピーター・リンドバークをはじめとして、彼女が登場する写真には傑作が多いので、あえて他にはない絵にしてみようと思い、ヨガの座法で座ってもらい、そこを押さえました。
理知的な雰囲気を湛え、不思議なオーラを発していました。マリクレールの撮影です。「昔は良かった」と愚痴るのは嫌いですが、この頃(2000年頃)、彼女をはじめとして、スーパーモデルは、アレック・ウェックとジェイミー・リッシャーを撮りました。スーパーモデル華やかなりし、よき時代でした。
クラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinare)さん(↑Top)

彼女を知っているのは、おそらく私より上の世代の方でしょう。
イタリアを代表する大女優で、巨匠ビスコンティの作品にも登場しています。若い頃は、マリリン・モンローとブリジッド・バルドーと彼女が、世界の3大セクシー女優だと言われていました。
午前中に、突然、編集者から電話がかかってきて、午後一で撮影しました。よくぞその日は空いていてくれたと、今では感謝しています。ラッキーでした。
彼女は北アフリカ出身のイタリア人。北アフリカからイタリアに向けて吹く熱風、これをジブリ(スタジオジブリのジブリです)と言いますが、そんな、情熱的な女性になりたいと、子供の頃から思っていたそうです。この話はとても彼女らしく、印象的でした。
無名のころのジョルジョ・アルマーニの服を彼女が好んで着るようになって、「あの大女優が着ている服は誰のデザインだ?」と評判になり、アルマーニは注目されたそうです。いまだにアルマーニは彼女のことをミューズ(女神)だと讃えているそうです。
写真の彼女が着ているのは、もちろんアルマーニです。
気さくで暖かい雰囲気の、素晴らしい女性でした。興味ある話をたくさん聞けました。
ポール・スミス(Paul Smith)さん(↑Top)

この写真は、ショーの会場の片隅で撮影しました。
空いているスペースにバック紙とストロボをセットして、あわただしく撮ったと記憶しています。
来日するセレブの方々は、スケジュールがタイトで、インタビューでも同じ質問ばかりされて、いらいらしていることが多いようでした。しかし、スミスさんは、そんな素振りは全く見せずに、気持ちよく撮影に応じてくれました。
スミスさんは、とても渋い感じの方だという先入観があったので、そのようなライティングと構図にしました。
ところが、撮影が始まると、表情は七変化!まるでミスター・ビーンのようにコミカルで、私は思わず、カメラから離れて大笑いしてしまいました。スミスさん、受けたのが嬉しかったとみえて、表情はますますエスカレートしたのでした。ご覧になっているみなさんからは想像もできないコミカルなカットがたくさん私の手元に残っています。もちろんこのカットは一番渋いカットです。実際、雑誌でもこのカットをセレクトしました。
とても絵になる方だと思っています。しかし、これを見るとちょっと笑ってしまうのです。
マリー・ジラン(Marie Gillain)さん(↑Top)

マリー・ジランさんは、ベルギー出身の女優。フランスで有名になり、当時、イザベラ・ロッセリーニの後を継いで、「ランコム」の専属モデルとして広告に登場していました。同じベルギー出身の「アンネの日記」のアンネ・フランクにそっくりだったので、びっくりしたら、舞台でアンネ・フランクを演じたことがあるとか。さらにびっくりしました。
演技派として有名だと聞いていたので、ホテルの部屋の隅に寄りかかってもらって、そこを囲むようにライトをセットしました。そして、失礼だとは思ったのですが、このシチュエーションで、アドリブで何か演じてくれと頼んだら、それこそ複数の性格の女性を魔法のように演じてくれました。
このカットは、もっとも彼女らしくないカットですが、最も魅力的だと、今でも感じています。
この撮影とその後の個展で、ランコムの広報の方に大変お世話になりました。感謝しています。
ステラ(Stella)さん(↑Top)

これは、ポートレートではなく、ファッションのショットです。
1990年代の前半だったと思います。ニューヨークの友人のスタジオで、日本のファッション誌のために撮りました。
後に、玄光社の「新・ライティングの構成」という撮影技法の書籍に掲載され(ロングセラーになりまだ入手可能です)、その時に、この撮影のときのライティングの技法を解説しました。
モデルのステラさんは、イングランド出身。身長183cm。さすがに大きかったです。「強いモデル」の典型で、かなりのインテリでした。
ジャズの巨人、マイルス・デービスが亡くなった翌日の撮影でした。スタジオでジャズを流していたら、彼女が、「昨日マイルスが亡くなったわね」と言ったのが、とても印象的で、強く記憶に残っています。
キャスティング、スタイリングは、Elle USAのファッションエディターたちがサポートしてくれました。それまでファッション撮影にはあまり縁が無かった私にとって、とても勉強になった撮影でした。
リナ(Lina)ちゃん(↑Top)

リナちゃんは、13歳。アミューズのモデルさんです。
お母さんが日本人、お父さんはアメリカ人の大学教授。
とても素直でのびのびと育っている感じを受けました。
このジェネレーションは、元気でがんばるぞ~!というエネルギーが一杯で、こちらも元気をもらってしまいます。若いっていいな~と感動しました。
背が、すでに170cmを超えていて、抜群のプロポーション、表情も豊かです。
何よりショービジネスで必要な「サムシング」が感じられます。
それを考えると、ファッション・モデルとして、いいところまで行けそうな気がします。
しかし、それを決めるのは彼女自身。
とにかく、自分にとって幸せな人生を歩んで欲しいと思っています。
ミシェルクラン(Michel Klein)さん(↑Top)

世界的に有名なファッションデザイナー、今では、「Michel Klein」は超一流ブランドです。
ミシェル・クランさんを撮ったのは、原宿にある大手アパレルの倉庫でした。ショーのためのコスチュームの仕分けをしていたようです。服のハンガーを掛けるための鉄のパイプがあったので、そこに肘をついてもらいました。かなりのハードスケジュールでお疲れのようでした。
写真を公表するときは、デジタル修正で目の周りのくまを取ってくれ。と言われたので、そのように画像処理しました。それでも少しお疲れに見えます。
私は長年、ファッション業界と縁がある割には、着るものはギャップとリーバイスみたいなところがありますが、クランさんのセンスには結構シンクロして、男性ものがあったら欲しいと思いました。そのころは、男性物は扱ってなかったのですが、最近では見かけるようです。ちょっと前に同ブランドのブーツを購入しました。デザイン最高です。履くたびにクランさんを思い出しています。
ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)さん(↑Top)

20世紀を代表する政治家のひとりです。元アメリカ国務長官。ノーベル平和賞受賞者。
冷戦時代は、ソ連のグロムイコと火花を散らせていました。
ニューヨークのミッドタウンにある彼のオフィスで撮影しました。ニューヨークで仕事をしていたときの撮影です。このカットは実際に媒体に使用されたものではありません。撮影が終わって、キッシンジャー氏が笑ったところを、無礼にもシャッターを押して撮ったものです。
キッシンジャー氏はポートレート撮影の時は絶対に笑わないという伝説がありました。実際、笑顔のポートレートはないそうです。知り合いのアメリカ人のフォトグラファーから、「笑顔を撮ったら大したもんだぞ!なんでもおごってやる!」と言われたので、彼が笑ったときに反射的に撮ったものです。本当はこんなことをしてはいけません。キッシンジャー氏は怒りましたけど、私は、「あれっ!シャッターの調子がおかしいな」なんて言いながら切り抜けました。今となっては思い出深い一枚です。
このときの撮影で、相当度胸がつきました。撮影が終わったら、ほとんど動いていなかったのに、私も助手も全身汗でびっしょりでした。
アラ・バグロヴァさん(Alla Bagrova)さん(↑Top)

アラさんは、ロシアの大学生。モデルになるために写真が必要だということで、私のスタジオで撮影することになりました。最初はカメラに慣れていないのが分かったのですが、そこは天性を発揮して、30カットほど撮ったときには、即仕事ができそうな感じにできあがっていました。
9頭身はあろうかというプロポーションと175cm以上はある身長がおおきな武器です。ぱっと見た感じとしてはテニスのシャラポワのようなイメージがありました。ポーズや表情の表現力の豊かさは、生まれつきのものや、生活習慣に根ざしたものがあるのでしょうか?すばらしいものがありました。
おそらく間違いなく売れっ子になるでしょう。第二のミラ・ジョボビッチになってほしいと思いました。
アルベルト・クピード(Albert Cupido)さん(↑Top)

世界的なテナー歌手、イタリアのアルベルト・クピード氏が来日した際に、ホテルの一室で彼を撮影しました。ちょうどその日は、オフだったらしく、好きなだけいていいよ。という彼のひとことに甘えて、長時間の滞在となりました。お茶をいただきながら、いろんな話を聞くことができました。彼は、主に、ヨーロッパの歌劇場を中心に歌っていて、日本では、ドミンゴやカレーラスほど知名度がないようですが、奥さん(右の女性)の黒田あき子さんがソプラノ歌手だということもあって、結構来日しているようです。イタリアでは、プッチーニの「蝶々婦人」を夫婦で演じることが多く、もちろん、クピード氏がピンカートンで、奥さんが蝶々さん。
ストーリーでは、ピンカートンが蝶々さんを裏切ることになるのですが、クピード氏は、それが気に入らないらしく。撮影の現場で、その話になったら、興奮して、「ピンカートンは、あんなけなげな女性を裏切るなんて、けしからん」と怒り出してしまいました。どうやら、最愛の奥さんと蝶々さんが、だぶっているようです。クピードさん。本当に、一途で良い人だと思いました。

伝説的なヴォーカル+ダンスユニット「Kamui」の元ヴォーカルWoohさんです。
「Kamui」を独立、ソロシンガーとして活動を始めたばかりです。
Woohさんのヴォーカルを聴いた事はなかったのですが、最初に会って、あごや口の形を見て、これは、相当響く声量のあるヴォーカルだな。と思いました。そして、実際に聴いてみて、その予想は当たりました。
中音域は、チャカ・カーンを彷彿とさせる迫力です。
ピッチも音程もしっかりしていて、何より、私の大好きなリズム&ブルースのフィーリングがムンムンです。
是非、再び、ソロとしてスターになってほしいと思いました。
とてもパワーをもらいました。

昨年お亡くなりになった筑紫哲也さんとは、約1ヶ月ほど、お仕事を供にさせていただいたことがあります。
筑紫さんには、著書が多数あるのですが、意外なことに、造詣の深い映画に関するものはありませんでした。そこで、映画に関する本を出そうということになったわけです。
翻訳家の戸田奈津子さんや、おすぎさんにも登場していただいて、楽しい仕事となりました。仕事をしているというよりは、映画以外の様々な分野の話をするのが楽しみで、撮影に出かけていた記憶があります。
筑紫さんが朝日新聞の特派員としてNYに滞在されていた期間と、私がNYで仕事をしていた時期が重なるため、思い出話に花が咲きました。その後、9.11について、シビアな議論をしたこともありました。
世界同時バブルがはじけて、アメリカには、黒人の有能な大統領が登場しました。ちょうどそのような時期に、亡くなられたということに、何かを感じてしまいます。
ヒュー・ジョンソンさん(↑Top)

ヒュージョンソン氏は、イギリス人のワイン評論家です。
世界的に有名で影響力があり、彼の批評は、ワインの価格に影響を与えると言われているほどの人物です。この写真は、彼が来日した際に、運良く、撮ることができたものです。
編集の方と2人で、ゆっくりとお話を伺うことができましたが、私が過去に、ワインで酔っ払ったという話をすると、
「ジェントルマンは、酔うようなワインの呑み方をしてはならないよ」
と説教され、恐縮しました。氏は脇に置いてあった箱を、おもむろに取り出すと、
「君が良いワイン愛好家になるように」と、氏デザインのスクリュー・プル(ワインオープナー)を記念にくれました。そのスクリュー・プルを今も愛用していますが、ワインの量が進むと、それを見て、氏の説教を思い出してしまいます。
フランスのコックさんたち(↑Top)

フランスホテル協会の仕事で、南仏にある、アラン・デュカス氏プロデュースのホテル、バスティード・ムスティエにロケに行った時のカットです。
プロのカメラマンは、フランスでは、立派な職人として尊敬されていて、コックさんたちは、私を、仕事場である厨房の中に入ることを許してくれました。
仕事中の良い表情の写真がたくさん撮れました。このカットは、戦争のようなピークタイムを終えた直後の休憩時間に撮ったものです。後列の4人は、まだ中学を出たばかり。一流を目指して、どなられながら、頑張っていました。まだあどけない顔が印象的でした。結構、いろんな素材や料理をつまみ食いさせてくれて、貴重な経験となりました。ホテル内の菜園で採れた新鮮な野菜が美味しかったです。
オリビエ・クリュッグさん(↑Top)

ベネディクト会の修道士、ドン・ペリニョンが、保存するワインをほったらかしにして、偶然できたのが、スパークリングワインです。特にシャンパーニュ地方で作られるものをシャンパンといいますが、「Krug」(クリュッグ)は、その中でも最高のブランドとして有名です。そのクリュッグのオーナー社長がオリビエ・クリュッグ氏。
社長就任直後のクリュッグ氏。まだまだ若く、頼りなさそうな雰囲気でしたが、最近偶然目にした写真では、とても逞しくなって、経営者の雰囲気が漂っていました。
ホテルオークラでの撮影でしたが、暗い部屋の中で長い間インタビューがあったので、重苦しい雰囲気になっていました。
当日は、良い天気だったので、外で撮りましょうということになりました。クリュッグさん。「いい天気だねぇ~!」と、ごきげんになったところをパシャッ!
ポール・オースターさん(↑Top)

ポール・オースターさんは、アメリカ合衆国の小説家。「孤独の発明」等の不思議な雰囲気が持ち味の作家です。その作風と同じようなキャラクターを期待していたら、とても普通で、気さくな方でした。しかし、写真にしてみると、その「目」に、作品の不思議さと共通する何かを感じてしまいました。
ニューヨークのブルックリン在住。野球好きということで、私が、ブルックリン・ドジャース(ドジャースは昔はブルックリンのチームだった)のことを話題にすると、案の定、結構喜んでおられました。
コロンビア大学卒業後、マドロス稼業(船員)として働いていたとのこと。結構、ユニークな経歴です。そういえば、イラストレータの黒田征太郎さんもマドロス稼業の経験をお持ちです。私も一時あこがれたことがあります。やはり、「行って、見て、感じて」様々なことを経験しているクリエーターは、ユニークで、面白い作品を創作するものです。
オープンアソシエイツ株式会社の皆様(↑Top)

オープンアソシエイツ株式会社は、「ビジネスプロデュース」を事業とする会社。様々な一流企業の凄腕メンバーたちが集まって、「100年、200年先に存在している会社」を目指して、2000年に創業された会社です。直接ご依頼を受けて会社案内用の撮影を担当させていただきました。
1世紀2世紀という長いスパンでの会社の存続を考えている。そのような会社を連想させるイメージを出せたらというご依頼。それには、「モノクロ」でしょう!ということで、モノクロの一面である古さより、時代の匂いが染み付かないそのタイムレスな特性を生かして、なるべくクールに撮影しました。
あらかじめ、拝見させていただいた、グラフィックデザインも、モノクロにピッタリだったので、とてもフィットして撮影意図が表現できたのでは?と考えています。とても有意義な撮影でした。
オープンアソシエイツの皆様、どうもありがとうございました。
アンナ・クレクリーナさん (↑Top)
ロシア人のアンナさんは、日本語を勉強中。来日したときに、ブックに載せる写真を撮影しました。もうすでに「マドモアゼル」のモデルとして仕事をしたとか。
それにしても、生まれつき表情やボディアクション、アピールが豊かなのでしょうか?もう呆れるほど、次から次へポーズをとってくれました。
ロシア人にしては珍しい「かわいい系」のモデルさんでした。しかし、このルール違反のプロポーションは何なんでしょう?アフリカ系とロシア系モデルのプロポーションの良さは別格です。
株式会社ディノス社長 石川順一様 (↑Top)

通販大手、ディノスの社長石川順一様のポートレート撮影のご依頼を受け、当スタジオで撮影することになりました。
私には、石川様に関する予備知識がなく、いつになく緊張していました。ところが、撮影前にお話をすると、とても親しみのある雰囲気の方で、話もはずみ、私の方が逆にリラックスさせていただきました。同席された広報部の方々も、明るく気さくな方ばかりで、石川様とは家族のような雰囲気。撮影はリラックスムードの中、順調に進みました。写真は、もちろん素晴らしい表情ばかり。良い写真を撮らせていただきました。感謝です。

人気の噺家 立川談笑さんが、世田谷区にある有名なKホールでマンスリー公演を行うことになり、ホールで、高座を設けての撮影となりました。
いろいろと表情の注文をお願いしたのですが、やはり、勝手気ままにアドリブで演じていただいたカットが素晴らしかったと思います。初演に私もご招待していただき、楽しんできたのですが、落語ブームなのか、熱心なファンで、会場はおおいに盛り上がっていました。
しかし、あれだけ長い噺を、淀みなく、自分の言葉として訴える迫力はすごい。
音楽も落語も「ライブ」に限ります。

都内のおしゃれなレストランで、ジャズピアニストの大西順子さんを撮りました。エディトリアルの範疇に入るとは思いますが、半分コマーシャル的要素もある撮影でした。
11月に創刊される本のイメージ撮影で、その本は、「日本初」という奇抜な構成になっています。今話題の「デアゴスティーニ」的とでも言いましょうか、、。しかし、なるほど、こういうやり方もあるのか!というアイデアです。
創刊前なのでまだ証せませんが、創刊後にここで宣伝する予定です。
大西順子さんは、もともとアメリカで活躍されていたジャズピアニストですが、ニューヨークに住んでおられた時期が、私の滞在時期と重なり、ちょこちょこっと、懐かしい話をすることができました。朝一の撮影だったので、私もエンジンがかかるのが遅く、大西さんも最初はちょっと眠そうな様子でした。大西さんは、最近「バロック」というタイトルのアルバムを出されました。まだ聴いていませんが、楽しみな一枚です。